INTERVIEW
Vol.2
岡本悠希
モータースポーツはキャリアが
浅くてもチャンスはある!
「やればできる」ということを
私自身が証明したい
INTERVIEW
Vol.2
モータースポーツはキャリアが
浅くてもチャンスはある!
「やればできる」ということを
私自身が証明したい
2024年の春、理系の大学を卒業し、4月から研究職に就いて新社会人となった岡本悠希選手(以下、悠希選手)。カートを始めたのは2022年、カートでのレースデビューが2023年、そして今年はKYOJO CUPで富士スピードウェイに挑む。
「車に興味を持ち始めたのは、大学入学と同時に普通自動車の免許を取ってからなんです。免許を取ったら父から車を譲ってもらう予定で。それがBMW M sports の320iだったので、必然的にマニュアル免許を取りました。クラッチ操作やギアチェンジに早く慣れたくて練習がてら乗るようになると、楽しいかも…となって(笑)。そのうちマフラーやホイールを自分でいじるようになって、車にハマっていきました。」
運転だけでなく車そのものに傾倒していく悠希選手の姿を見て、お父さんが連れ出したのがレンタルカート場だった。
「乗る前からワクワクしていましたが、コースでの走行は他では感じられない爽快感がありました。一般道路も安全に走行するために注意することがたくさんあるんですが、カートはそれとはまた異なる集中力が求められる感じで、他のことを一切忘れて無心になれた。その没入感に惹かれて、レーシングカートを始めました。」
悠希選手はこうしてモータースポーツの世界の扉を開いた。
カートでの初レースは21歳のとき。
「速くなるぞ!という一心で練習してきて、2023年9月に初めてレースに参加したときは、もうグリッドに立った瞬間、わぁ〜!とうれしい感情が押し寄せてきて震えちゃいました(笑)。だってずっと見ている側だったのが、走る側になれたんですよ。レースでみんなと競い合えるの楽しい〜!って感じでしたね。」
カートレースを通して速く走ることの魅力を知り、次は競い合う楽しさを見い出した。トップ争いができるようになるにはまだ実力不足だが、ようやく後方集団の中でレースができるようになったと笑う。いつでも笑顔でどのような状況もポジティブに楽しめるのは、悠希選手の持ち味だ。
「前はついていくことに必死だったので、少しの進歩がうれしいです。もちろん勝ちたいですけど、それさえも楽しいです。ドライビングテクニックを磨きながら、いつか四輪やフォーミュラカーに乗ってみたいと思うようになりました。」
昨年秋、むくむく夢が膨らみ出したタイミングで、悠希選手はボーカロイドの初音ミクの名を冠した「初音ミク レーシングプロジェクト」が新企画で女性ドライバーのオーディションを行うことを耳に挟んだ。
「初音ミクGTプロジェクト」といえば、日本最高峰の自動車レース「SUPER GT」に参加し続けているグッドスマイルレーシングが有名だが、2024年からのKYOJO CUP参戦を発表したところだった。
「そのプロジェクトのことを友人に教えてもらったんですが、サイトを見た瞬間ビビッときて。『私、呼ばれた!』と感じて即応募しました! 去年は就活でも忙しくしていたんですが、これはもうやるしかない!と。 」
悠希選手は引き寄せられるようにチャレンジしたオーディションに見事合格し、「TKRI with GOOD SMILE RACING」チームの女性ドライバーとなった。
「TKRI with GOOD SMILE RACING」のチーム代表兼監督は、SUPER GTで何度もチャンピオンを獲得しているレーシングドライバー・片岡龍也氏(以下、片岡監督)。オーディションに合格したことで、女性レーシングドライバーというポジションだけでなく、最高のボスにも恵まれた。また、勤務先の企業では役員の一人がラリーに参加していることもあって、悠希選手のドライバー活動への理解が深く、レースに挑戦できる環境が整った。
「会社もレースもどちらにも支障をきたすわけにはいきませんから、休日ゼロの覚悟で臨んでいます。でもどちらも好きなことをやれているので、楽しくて仕方ないです。新社会人、レースデビューとたくさん新しいことが始まりましたが、変化を楽しんで頑張ります!」
KYOJO CUP2024の開幕戦前、「ノートラブル、ノースピンでチェッカーを受けたい」と目標を掲げていた悠希選手。結果は予選、決勝ともにP26/28で終えたが、「予選で2’3.97の自己ベストをマークできた!」と至って前向きだ。一歩ずつレース経験を積み上げながら、たとえモータースポーツ経験が浅くてもこの世界で活躍できることを自身の姿で証明していく。