彼女の素顔

INTERVIEW

Vol.18

平川真子

モータースポーツで活躍する
兄と同じDNAを武器に
観客席が熱く盛り上がる
レース展開でファンを魅了

平川真子

カートを始めたのは18歳
兄に負けない勝負強さでアタック



モータースポーツ界隈で「平川亮の妹」として知られ、その一挙手一投足が注目される平川真子選手(以下、真子選手)。平川亮と言えば、ルマン24時間耐久レースの日本人最年少総合優勝保持者であり、スーパーGT、スーパーフォーミュラといった国内外のレースシーンで活躍する現役レーサー。父もラリーを趣味とし、真子選手は幼い頃からレースが身近にあった。


「いやいや、全然そんなことないです。むしろレースに興味がなくて。兄がレーサーだからといって、家ではレースの話をしたりしませんし、カートを始めたのも18歳で普通自動車免許をとってからなんです。」


そう否定しながら、幼少期の体験の中にはカートの思い出がしっかりと残る。


「小学生の頃にカート場に行ったことはありますけど、レンタルカートじゃなくて速いカートに乗せられたんです。スピンはするわで、とんでもない怖いものに乗せられたなと(笑)。二度と乗りたくないと、泣いていた記憶があります。それでも18歳すぎて乗ってみたら、楽しかったんですよね。今思えば多分仕事で忙しかった父が私とのコミュニケーションツールに使っていたんじゃないかな。」


2015年頃には様々な地方選手権に参戦し、レーシングカートを操作する面白さに目覚めるも、真子選手は全く別のスタンスでサーキットに降り立った。


「兄のレースクイーンをしばらく経験しました。そのときに、亮ができるなら私にだってできるかなと思ってしまったんです。そこから四輪にちょっとハマったんですが、手に職もつけたいなと思ってレースは一回辞めました。ひとりでも生きていけるようにしないとな、と。」





ラリー競技でその名を広めながら
KYOJO CUPへ再チャレンジ





レースの道で生きるのは非現実的だと考えたのか、それは本人のみぞ知るところだが、真子選手はレースを離れた。そして専門学校に通って看護師と美容師の資格を取得すると、真子選手は再びモータースポーツ界へと舞い戻る。復帰の場に選んだのは、ラリー競技だった。


「父が、サーキットで走った後ラリーの面白さに目覚めたと聞いて、サーキットとは違う面白さがあるのかなと私もラリーに興味を持つようになりました。それで父が乗っていたトヨタ86を譲り受けて、今はラリーの大会にも参戦しています。」


2021年、真子選手は全日本ラリー選手権で活躍する奴田原文雄選手主催の「ヌタハララリースクール」に参加。2022年には新城で開催された全日本ラリー選手権にJN3クラスで初参戦する。結果は8位だったが、完走できたことに大きな手応えを得た。


「いろいろ落ち着いたタイミングで、オーガナイザーの関谷正徳さんに『またKYOJO CUPに出てみないか』とお声かけいただいたんです。実は2018年にも参戦していてVITAには乗ったことがあって。久しぶりに乗りましたが、当時とはマシンの性能が上がってタイヤも変わり、限界スピードが高くグリップ力も違ったり、走りながらそうした進化を感じるのが楽しいです。例えば富士スピードウェイに100Rというコーナーがあるんですが、以前はアクセル全開では行けなかったのに乗ってみたら『これイケるかも!』と。実際、全開で走ることができてレースの面白さを実感しました。」


2018年以来のKYOJO CUP参戦だが、余裕が感じられるのも平川ファミリーのDNAによるところか。2024年5月の第一戦では28台中、予選決勝とも4位と、まずまずの滑り出しとなった。




ドライビングスキルを磨き
目指すはシリーズチャンピオン





レースクイーン時代の真子選手を覚えているファンも多く、富士スピードウェイに戻ってくると、「真子ちゃん、レーサーになったんだね!」と声をかけられることも増えたそうだ。そんな真子選手を、トヨタ自動車・豊田章男会長のプライベートチーム「ルーキーレーシング」がスポンサードする。


「注目していただいているので、KYOJO CUPではシリーズチャンピオンを取りたいと思っています。あとは見てくださるみなさんが『わ!』と盛り上がるような、熱いレースができたらなと思っています。」


スポンサーもベネフィットが得られ、なおかつ観戦客にはエンターテインメントとしてのモータースポーツの醍醐味を伝えたいとの思いも抱く真子選手に、プロのレーシングドライバーとして生きる気概を見た。サーキットとラリーの違いは、見える相手との戦いと見えない相手の戦いだと、真子選手。どのカテゴリーでも戦えるスキルを磨き、モータースポーツ界での活躍の場をどんどん切り拓いていく。